ドロミテ街道 | |||||
ボルツアーノ上空から |
エガ谷を過ぎて |
カレッツァ湖の手前 |
コスタルンガ峠 |
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コスタルンガ峠 |
ファルツァレーゴ峠 |
コルチナ近く |
トファーネ山 |
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ドロミテ山岳は大気の働きで崩壊された岩が、尖塔のような風変わりな形をしているのが特徴だ。岩の色もよく見ると微妙に異なり、その色調も濃淡いろいろだった。 山塊の下には緑の草原や森林が広がり、大勢の観光客や登山客が訪れていた。風光明媚なところや登山基地にはロープウエイがあって、ドロミテのすばらしい景観を誰もが手軽に楽しめるようになっていた。 このツアーでは6日目午後から9日目午前までドロミテ Dolomitiを周遊した。 6日目の午後はJTB主催旅行「世界の旅情」としては今回が初めて訪れることになる マダレナ村 S.Maddalena だった。 7日目は ボルツアーノ Bolzano から、コルチナ・ダンペッツォ Cortina d'Ampezzo まで、ドロミテ街道を一日かけて横断、十分に堪能できた。 8日目はドロミテ山塊東ルートを訪れ、ミズリーナ湖 Lago di Misurina、クリスタッロ山 Monte Cristallo、ファローリア Faloria と足を延ばした。 成田からミラノへ飛ぶ飛行機の座席は左窓側だった。ミラノ空港到着前、配られた軽食を食べていると、機内放送で左手にドロミテの山並みが見えますとの案内。急いでカメラを下ろし数枚シャッターを切った。 ボルツアーノを出て10分もせずに深い谷、急カーブが連続する狭い山道になった。エガ谷 Val d'Egaだ。日が射し込まず、谷が深いので谷の上部までは見えない。バスが左右に振れるのでカメラを構えられない。 添乗員の説明によると、この谷の針葉樹は品質が良いので、楽器制作に使用されるとのことだ。 エガ谷を通り過ぎたところで視界が開け、バスの車窓からドロミテの山が見えた。皆歓声をあげる。添乗員と運転手が相談して僅かな時間だが、写真をお撮りくださいとの粋な計らい。ノーヴァ・レヴァンテだった。 その後しばらくでカレッツァ湖(別掲)に到着。1時間滞在。 コスタルンガ峠 Passo di Costalungaはカレッツァ湖からバスで5分。ドロミテの山を仰ぎ見る広々とした草原で、椅子に腰掛けてのんびりと風景を楽しむ人々がいる。このあたりで昼食かと思ったが写真休憩だけで次に向かう。 カナツェイを超える道は急坂・急カーブの連続、車窓から見える風景が次々と変化する。右手にこの付近で一番高いマルモダーラ山が聳えている。 ポルドイ峠 Passo Pordoiに12:25到着。ここはドロミテで最も標高の高い峠 2,239mだ。昼食はサッソ・ポルドイに上るロープウエイを正面に見るレストランだった。 食後はサッソ・ポルドイ(別掲)へ。 パッソ・ポルドイからは急な下り坂。ドロミテの山並みがどこまでも続く。短いが急カーブのトンネルを抜けると ファルツァレーゴ峠 Passo Falzaregoだった。 トファーネ山 le Tofaneが正面に、コルチナの町が右下に見える地点で臨時の駐車。ヤナギランも咲いていて和やかな風景が展開していた。 あのトファーネ山のゲレンデは、丁度50年前に1956年冬季オリンピック・コルチナ大会が開催された会場だ。 この山のコースを滑り降りた猪谷千春選手が、スキー回転競技において銀メダルを獲得した。日本人としては冬季大会で初めてのメダル獲得だったので、新聞に大きく報道されたことが忘れられない。 また確か3競技で優勝したトニー・ザイラーが、一世を風靡。その甘いマスクで、映画「白銀は招くよ」に主演したことも思い出される。 |